女性歯科医師として50年

3人姉妹の長女の私は歯科医師である父の元で跡取り娘として育てられ、小学校1年生の夏休みのドリルに「しょうらいは、はいしゃさんになる」 と書きました。高校卒業式の後6年間お世話になった先生から「中学に入学した時に歯科医師になると言って本当に歯科大学に入学したのは貴女だけよ」とも言われました。日本歯科大学に入学した際、女性が1割しかおらず女子校から行った私は学生服の黒い集団の中に入るのがとても怖かったものです。卒業後、小児歯科の大学院に行きたかったのですが、父から「女は大学院に行かなくてもいい」と反対され特別研究生として週1 回通学することを許してもらいました。

小児歯科を選んだ理由は小学4年の頃から治療室での手伝いが大好きで、頬を腫脹したり、泣いて大暴れをしたりする子どもを見るたびに「子どもを見てあげる先生になりたい」と思ったからです。

学位を頂き、結婚、男女の双生児の出産・育児、両親の看取りとアッという間の人生を過ごしました。主人は建築家ですので歯科のことで困るとすぐに歯科医師会の先生方のご指導をいただいております。東京都学校歯科医会代議員、介護認定審査委員、妊婦健診と講演、専門家による子育て相談、障害児・者歯科診療、特別支援学校歯科校医などの仕事は私を大きく成長させてくれました。私にとっては無くてはならない歯科医師会です。

幼稚園の頃「仕事をするお母さんにはならない」と言っていた娘も今では歯科医師になり育児と診療とを両立しております。娘たち世代の若い歯科医師が満足し達成感を持てる、そして女性にとって素晴らしい歯科界になっていただきたいと思います。先輩が下さった「不撓不屈」の言葉を支えにもう少し頑張ります。

岡部 浩子 先生

岡部 浩子 先生

昭和41年、日本歯科大学卒。岡部歯科医院勤務。昭和42年、八南歯科医師会2種入会。昭和52年日本歯科医 師会入会。岡部歯科医院院長。平成8年、医療法人社団始浩会岡部歯科医院理事長。

(日本歯科医師会:together!!3.2016年3月発行.より)

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